墨染めの桜
4/7(日)に京都の墨染寺を訪れました。町中にひっそり佇むこぢんまりとしたお寺で、京阪電車の墨染駅から歩いてすぐの所にあります。
桜寺とも呼ばれている墨染寺の境内には、この辺りの地名「墨染」の由来となった墨染桜という品種の桜が植えられています。
この墨染桜には次のような伝説があります。
平安時代、時の太政大臣であった藤原基経の死を悼んで、上野峯雄(かんつけのみねお)が
深草の
野辺の桜し
心あらば
今年ばかりは
墨染に咲け
と詠んだところ、この地の桜が喪に服するかのように薄墨色に咲いたそうです。深草(ふかくさ)は山城国の地名で、現在も京都市伏見区にその地名が残っています。ちなみに墨染寺の山号・深草山は「じんそうざん」と音読みです。
それから後、西行法師がこの地の桜の枝を杖にして旅をし、上総国までやってきました。そしてそこを去るときに西行法師はその桜の枝を地面に挿して、
深草の
野辺の桜木
心あらば
亦この里に
すみぞめに咲け
と詠んだら、杖が芽吹いて墨染桜になったそうです。その桜の子孫が今も千葉県東金市にあるようです。
さて、その西行法師ですが
願わくは
花の下にて
春死なむ
その如月の
望月のころ
という短歌を残して、実際に如月の望月の頃(二月十六日)にこの世を去りました。暦が異なるので現在の2月16日とは違って、桜の咲く時期だったようです。
実は今年の2月に祖母が亡くなり、偶然にもお葬式が2月15日でした。だから今年は墨染の桜を見たいなと思ったのです。
墨染寺は人が少なくて静かに桜を見ることができるので、来年もまた行こうと思いました。
吉備路をゆく
前置き
3/8に有給休暇を取って岡山へ2泊3日の旅行に行ってきました。 今回の旅の主目的は古代吉備国にまつわるものを見聞することでした。
1日目:岡山市街
予定通り朝早くに出発したのに、新幹線が人身事故で止まってしまって岡山駅に着いたのは14時前になってしまいました。
第一の目的は岡山市立オリエント美術館。 岡山駅から歩く予定だったのですが、少しでも時短するため、路面電車に乗って向かいました。
「シティ・ライフの始まり、オリエント」というテーマの展示が興味深かったです。 個人や村の単位で全てを賄わないといけなかったのが、様々な職能を持った人が分業することで都市化されていくという流れに沿って、各職業にまつわる品々が展示されていました。
次は岡山県立美術館に行く計画だったのですが、予定より大幅に遅れてしまったのでスキップして、林原美術館に向かいました。 短歌とその詠み人が描かれた絵画などの展示がありました。
林原美術館から路面電車の城下駅に向かう途中、岡山城が見えました。 岡山城と後楽園は昔に見にいったことがありますが、またいつか行きたいところです。
岡山駅近くのアパホテルにチェックインし、夕食を食べるために岡山駅の地下街へ繰り出しました。 一番街にある八閣というお店で岡山名物尽くしの定食、岡山御膳をいただきました。 そして牛窓産しらす入り卵焼きを追加注文しました。 旅先ではなるべくご当地の料理を食べたいものですね。
2日目:吉備の中山
翌朝の朝食はホテルのバイキング。 ままかりや、えびめしなどの岡山名物を堪能しました。
ホテルをチェックアウトし、岡山駅から桃太郎線(吉備線)の列車に乗りました。 この路線はいつから桃太郎線という名称に変わったのでしょうか?
備前一宮駅で下車し、いよいよ今回の旅の主目的である吉備の中山周辺を巡ります。
吉備の中山は備前と備中にまたがる神奈備山で、古代吉備国の中心的場所です。 古今和歌集に
まかねふく
吉備の中山
帯にせる
細谷川の
音のさやけさ
という歌があります。 「まかねふく」とは「真金吹く」の意味で、「吉備」に掛かる枕詞です。 吹くというのは鞴などで空気を送ることを示しているのでしょう。 この枕詞からも吉備国が優れた製鉄技術を持っていたことが分かります。 そして、それゆえに吉備国はヤマト王権に対抗しうる力がありました。
そんな吉備国を支配していたのは温羅(うら)という者で、百済の王子とも伝えられています。 製鉄技術を伝えた渡来人たちの長だったのでしょうか。 温羅の一族を討つためにヤマト王権は四道将軍の一人である吉備津彦命を派遣しました。 そして吉備津彦命は見事、吉備国を平定したのです。 これが桃太郎伝説の元になっています。 吉備津彦命が桃太郎のモデルで、温羅が鬼のモデルというわけですね。
その桃太郎こと吉備津彦命を祀る神社が吉備の中山の麓、備前と備中それぞれにあります。 まずは備前一宮、吉備津彦神社です。
境内案内図のとおり、手前に神池があってその真ん中に参道があるというのが独特ですね。
池の左側の小島である亀島の先に環状列石があります。
隋神門、安政の大石灯籠、さざれ石、桃太郎像、井戸など見どころが沢山あります。
また、温羅も境内社で祀られています。
計画ではお昼ごはんを食べてから吉備の中山に登る予定だったのですが、吉備津彦神社をあらかた見終わってもまだお昼には早い時刻だったので、思い切って登山開始しました。 登山ルートは下のリンク先からダウンロードできる地図を参考にしました。
吉備の中山ウォーキングマップを作成しました!|日本遺産ポータルサイト
境内の横に登山口があります。
メインルートの最初の分岐を右へ行けば元宮磐座に辿り着きます。 道標があるので迷うことはありません。
元宮磐座と八大龍王のある場所は開けていて、少し見晴らしの良い場所があります。 経塚はなんだかよく分かりませんでした。
ここからメインルートを戻らずに、天柱岩の方に進みました。 吉備の中山はメインルートを外れると、落ち葉や粘土質の地面、苔などで滑りやすい場所が多いので要注意です。 実際、天柱岩の近くで滑って転倒しそうになりました。 天柱岩のあるところは見晴らしが良いです。
道路(吉備の中山みち)が見えるくらいまで下りてきたものの、下山できそうなところを見つけられませんでした。 仕方がないので道路に沿って吉備津彦神社の方面に歩いていくと、ホテルの廃墟がある地点で道路に出ることができました。
時間に余裕があったので、お昼ごはんを食べるために吉備の中山みちを通って吉備津彦神社の方に戻りました。 途中、晒し首を晒す場所と、ねむり石があります。 ねむり石は地震で倒れたとかではなく、別の場所から移設した時にあえて横たえたのですね。
お昼ごはんは、吉備津彦神社から少し離れたところにある「うどん一歩」というお店でいただきました。 元々、ここで食べる計画だったのです。
お店の名前が付いた「一歩うどん」。 温泉玉子が桃太郎を表し、ごぼう、ちくわ、えびの三種の天ぷらが犬、猿、雉を表し、肉が鬼の群れを表しています。 というのは嘘です(いや、嘘じゃないかもしれませんが)。 天ぷらがねっとりした食感で美味しかったです。 これで980円なので安いですね。 ごちそうさまでした。
再び吉備の中山みちを歩き、備前と備中の境界を流れる細谷川に掛かる両国橋を渡ってすぐの福田海(ふくでんかい)という宗教施設(?)のところから吉備の中山に登り直しました。
少し登ると分岐があります。 吉備の中山に登るルートは右が正解ですが、法螺貝の井戸を見るために一旦左に進みました。
法螺貝の井戸のところは行き止まりなので、引き返して先の分岐まで戻り、藤原成親遺跡の方へ進みました。
さらに登ると開けた場所に出ます。 そこにはダイボーの足跡と呼ばれる大きな窪地(写真では分かりにくいですが)があります。
ダイボーとは大きな坊さん(大坊)の意味である。 (中略) 日本各地に伝承されている大太郎法師(だいだらぼっち)と似ている。
という説明が書いてありますが、個人的にはだいだらぼっちと同一視してもいいのではないかと思います。
だいだらぼっちは たたら製鉄と関係があるとされているようですが、ググっても もののけ姫のことばかりでちゃんとした文献は見つけられませんでした。 たたら製鉄というと出雲をイメージしますが、実はたたら製鉄のルーツは兵庫県宍粟市にあるとも言われています。 播磨国志相郡岩鍋(現在の宍粟市千種町岩野辺)という所にたたらの神様である金屋子神が降臨した後、白鷺に乗って出雲の地に行ったという伝承があるそうです。 製鉄について調べてみるのも面白そうですね。
さて、話が逸れましたが、この開けた場所の付近には八畳岩古墳、八畳岩、環状石籬などがあります。
吉備の中山三角点のある場所は分かりにくい所で道の横から登っていく必要があります。 鏡岩への道標が目印です。
登ったところは開けていて、三角点の他にアンテナがありました。 そこから少し下ったところに鏡岩があります。
鏡岩から引き返して元のルートに戻り、更に進むと柵で囲われた中に穴観音があります。 穴観音の穴に耳を当てると観音様の声や潮騒が聞こえるそうですが、僕には特別な音は聞こえませんでした。
そのままメインルートを進んで、備中国に入ってすぐのところに御陵(中山茶臼山古墳)、すなわち吉備津彦命の墓があります。
御陵の近くに開けた場所があって、岡山市街が見えます。
少し下ると舗装路に出るので、あとは舗装路沿いに進めば備中一宮、吉備津神社に着きます。 長い廻廊が特徴的ですね。
境内に鳴釜神事が行われる御竈殿というのがあります。 鳴釜神事というのは鳴動するお釜の音の大小長短によって吉凶禍福を卜占する神事です。 吉備津彦命に討たれた温羅は首だけになっても唸り声を上げたので、温羅の首を犬に食わせてその骨を御竈殿の地中に埋めたが、それでも唸り声は鳴り響いたそうです。 ある時、吉備津彦命の夢に温羅の霊が現れ、温羅の妻に神饌を炊かせるよう告げました。 そして、幸があれば釜は裕かに鳴り、禍があれば釜は荒々しく鳴ると告げました。 これが鳴釜神事の由来です。 中は撮影禁止なので写真はありませんが、実際に炊かれているお釜や鬼の面などがありました。
北隋神門から出たところに矢置岩があります。 吉備津彦命が温羅と戦う時に、ここに矢を置いたそうです。
吉備津神社を後にして、吉備津の松並木を通って吉備津駅へ向かいました。
吉備津駅からJR桃太郎線の列車に乗って服部駅で下車。 そこから宿までは徒歩でした。 吉備の中山を歩いている時にパラパラ雨が降ってきたのですが、すっかり止んで晴れの国 岡山を実感できました。
服部駅から30分くらい歩いて国民宿舎サンロード吉備路に到着。 とても綺麗なお部屋でした。 ロビーに吉備の国を支えた柱があります。 朝鮮式山城「鬼ノ城」の西門に使われた柱と同じ大きさだそうです。 旅の疲れを温泉で癒しました。
夕食は花籠御膳。
3日目:倉敷
朝食はバイキングです。
サンロード吉備路から総社駅まで送迎バスで送ってもらいました。
総社からJR伯備線の列車に乗って倉敷へ。 倉敷は昔の景観の中に華やかさがあって良いですね。
お店や川沿いの景観も良いですが、観光客が見向きもしない細い路地とかも良いですね。
食べ歩きも倉敷の楽しみの一つですね。 ただし、串団子は美味しくなかったし、店員が感じ悪かったのでお勧めしません。 手焼き煎餅は普通だったので、スーパーで煎餅を買う方が良いですね。 それと、ゴミ箱がないので困りました。
cafe BISCUITのビスキュイセットはお洒落でオススメです。
アイビースクエアのお店のキューバサンドと倉敷産ごぼうのクリームスープは美味しかったです。
倉敷プリンも濃厚で美味しかったのでオススメです。
もっコロは岡山白桃が入ったクリームコロッケで、ほんのり甘いです。 不味くはないですが、これは話のネタ程度ですね。
倉敷観光は特に計画を立てていなかったのですが、桃太郎のからくり博物館だけは見ようと思っていました。 とても面白かったのでオススメです。
あとがき
今回の旅はとても充実したものになりました。 吉備路は他にも備中高松城跡を見てみたいので、またいつか訪れようと思っています。 倉敷もとても素敵な街だったので、いずれまたじっくり観光しに行こうと思いました。 書き出すとキリがないので、このあたりで筆を置くことにします。 長々とした駄文を読んで下さってありがとうございます。
対称式を基本対称式の多項式として表す問題
目標から大幅に遅れていますが,松坂和夫『代数系入門』をちまちま読み進めています. この記事では第5章§8の問題4(c)について書こうと思います. ただし,問題を明確にするために問題文を少し変えてあります.
問題
を体とし,3変数 の 上の多項式環 ] における基本対称式 を,
とする. このとき, を の多項式として表せ.
補題1
問題の は3次多項式の判別式の形をしています. そこで,3次多項式の判別式を係数で表すことを考えます. そのために,次の命題を示します.
命題
を任意の体とする. そして,変数 の 上の多項式 を とし, を の3つの根とする. このとき, とおくと, である.
証明
であるから,
である.したがって,
となる.同様にして(あるいは,上記の式の を それぞれと入れ替えて),
を得る.これより,
が成り立つ.
補題2
補題1では がまだ完全には係数 の多項式として表されていませんが,これを解くのは困難です. そこで補題2では,補題1の特別な場合として, の場合を考えます. この場合は,
と解くことができます.
問題の解
とすると であるから, は, に を付加した有理式体 上の多項式 の3つの根である.
の標数が でない場合:
の標数も3ではないから, とおくと, である.
したがって,
となる.これを とおくと,
であるから, が の3つの根となる. そこで補題2を用いると,
が得られる.
が得られる.
よって, の標数によらず, となる.
あとがき
この問題は標数が3の場合を分けて考えないといけないのが落とし穴だと思いました.
補題1は第5章§5の問題5(a)が 上の多項式だけでなく,一般の体 上の多項式についても成り立つことを示しています.
この記事に書いた第5章§8の問題4(c)は,この§5問題5(a)が頭に入っていれば解ける問題だと思いますが,解けずに悩んでいました.
その時,シルヴェスター行列の行列式として終結式を計算することによって,判別式を求めることができるということをツイッターで教えていただきました.
https://twitter.com/neruson70345238/status/1680434127601041409?s=20
教えてくださったネルソンさん,ありがとうございました.
実数全体の集合と自然数全体の冪集合の対等性
長らく放置していたブログの再開と同時に,これまた長らく放置していたやりかけの集合・位相演習をちょこっとやっていきます.
問題
を証明する.
証明
まず を示し,次に を示す.
前半
証明の前半では を示す. それには写像 を
によって定め,この が単射であることを証明する.
とし, とすると
となる.
ここでもし だったと仮定すると, となるような のうちに最小のものが存在する. それを とすると,
である.ここで,
であり,
であるから
となって と矛盾する. ゆえに となる.
これで ならば であることが示された. よって は単射である.
後半
証明の後半では を示す. それには写像 を
によって定め,この が単射であることを証明する.
とし, とすると または である. どちらでも同様であるから とすると,有理数の稠密性より となるような有理数 が存在する. このとき であり, であるから である. よって は単射である.
証明の完成
かつ であるから,Cantor-Bernsteinの定理より であり, である.
どーも、にわか自転車乗りです
どーも、にわか自転車乗りです。冒頭の写真はこの前、自転車のチューブや工具を買いに行ったときに通り掛かった宝石店ですが、この記事の内容とは関係ありません。
本題は日曜日にパンク修理しようとした話です。結論から言うと、タイヤも破れていたので修理できませんでした。
修理方法はネットで検索すればいくらでも出てくるし、僕のような初心者が説明するのはおこがましいので細かいことは書きませんが、一応作業の様子を少しだけ書いておこうと思います。もし僕のような右も左も分からない、上も下も分からない、それどころか自分が何者かさえ分からない、しかし何をなすべきか(自転車に乗る)だけは分かっている、というような人がいれば参考になる可能性もあると思うので。
修理作業
パンクしたのは後輪です。ホイールを外すために、まずはブレーキを解除します。これは自転車を逆さに置く前にやっておくのが良さそうですね。
勾玉みたいな形のクイックリリースレバーを上げて解除します。後でホイールを付け直した時にレバーを下げてブレーキを戻すのを忘れそうになりました。気を付けないといけませんね。手順書とかチェックリストを作っておいた方が良いかも。
それから自転車を逆さに置きます。
後輪の横にあるクイックリリースレバー(角みたいなやつ)を上げてから、反時計回りに回して緩めます。でもネットで調べたら緩めなくてもいいと書いてある解説サイトもありますね。で、あとはホイールを持ち上げて外します。この時にリアディレーラーを後ろ(ハンドルと逆の方向)に押してやると外しやすいみたいですね。初心者の僕でも簡単に外せました。
ここからの作業は写真を撮っていませんでした。タイヤレバーでタイヤを外して、チューブを抜き出します。
このとおり、チューブだけでなくタイヤも裂けていて、補修できるレベルではありませんでした。替えのチューブはこの前買いましたが、タイヤは買っていないので今回は修理できませんでした。
というわけで、修理はまた後日。次の休日にタイヤを買いに行かねば。とほほ・・・
臨港線跡を歩いて旧居留地でお買い物(2/12)
日曜日は雨予報だったので、土曜日に三宮へ買い物に行きました。先日、自転車のタイヤがパンクしてしまったので、替えのチューブと工具などを買わなければいけなかったのです。
臨港線跡
いつもはミュージアムロード〜HAT神戸を通って三宮へ向かうのですが、この日はHAT神戸に用事はなかったし、たまには違うルートを歩こうと思って臨港線跡を通って行きました。
かつて神戸港からの貨物を運んだ貨物線ですね。しかし輸送の主流はトラックに変わり、2003年に臨港線は全て廃止となったようです。そして臨港線跡のこの遊歩道は、今は桜並木になっています。
遊歩道からふと南側を見ると、建築資材の置き場みたいなところが目に入りました。資材置き場なんてあったっけ、と思いながら見ていると、気になるものを発見。シルエットからして、どう見ても馬のモニュメントですが、一体なんなんでしょうか。人が乗っていない馬だけなので、神社の神馬とかを仮置きしているのでしょうか。
春日野道
目的地は三宮のY's Roadですが、一応サイクルベースあさひも覗いていこうと思い、臨港線跡を逸れて春日野道の方向へ。
阪神春日野道駅の地下通路に昔の写真があります。
大きなガスタンクがシンボルの大阪ガス葺合供給所。サイクルベースあさひの向かいにあります。サイクルベースあさひには特にめぼしい物がなかったので、写真は省略(ゴメンなさい)。
生田川の河口
目的地は国道2号線からだいぶ南にあるので、結局HAT神戸の方に戻りました。
ホイール・オブ・フォーチュン、ではなくフライホイールのモニュメント。かつて川崎製鉄で鋼を圧延するために使われていたものです。HAT神戸の発展を願って寄贈されたそうです。生田川河口には他にも文化財として移設保存された小野浜町煉瓦下水道があります。
前に下のリンクの記事で布引の歌碑について軽く触れましたが、写真を撮っていなかったので今回は撮ってきました。
歌の一覧や解説、歌碑のみちマップが神戸市のサイトにあります(下記リンク)。
歌碑は前に全部巡ったことがあります。ハイキング好きな人はマップ片手に巡ると楽しいですよ。
旧居留地
旧居留地の遺産などを見ながら歩き、Y's Roadで必要な買い物を済ませ、また旧居留地の遺産を見ながら歩いていました。
ところで、Y's Roadの南隣のチャータードビルにB級スポットの「突撃洋服店」という怪しいお店があったのですが、どうやら店をたたんでしまったようです。
買ったことが無い(そもそも何のお店なのかよく分かっていなかった)のでこう言っては無責任なのですが、とても面白い雰囲気のお店だっただけに残念ですね。もし昔撮った写真を発掘したら、記事にしようかと思います。
帰路
モンベルでCAMELBAKのボトルを買おうか迷って保留にした後、アクセサリカラビナを買おうと思っていたことを思い出しました。そこで久しぶりにスポーツワールドで買い物して帰りました。
これはその途中にあった美術作品。作品名は「倒立振子を安定化させる女」です。嘘です。たしか「萌」という作品名だったと思います。左手の指先から何かの植物が萌え出ているのですね。
取り止めのない日記になってしまいましたが、今後の記事の伏線も張ったのでこれで終わりにします。
楽園のカンパネラ(2/6)
日曜は前日からの寒波のせいか、とても寒い日でした。そこで楽園を目指して出かけることにしたのです。
※ この記事のタイトルのカンパネラは寒波と掛けただけで、何の意味もありません。
伊丹市昆虫館
モルフォ蝶はこの世のものとは思えないほど美しいですね。
特別展で海洋堂のフィギュアも展示してありました。
秋の虫の鳴き声やどんぐりの見分け方の説明は勉強になります。でも覚えられません・・・。
直ぐに止みましたが、雪がちらついてきました。
楽園
この日の一番のお目当ては昆虫館の中にある蝶の温室でした。暖かくて蝶がひらひらと舞っているので、楽園のような場所です。
箕面公園昆虫館にも放蝶園という同様の場所がありますが、本当に楽園のようなところです。こんな楽園のような春が待ち遠しいですね。